天草五橋 開通45周年

 九州本土と天草上島を結ぶ天草五橋。しかし、開通までの道のりは平たんなものではなかった。



夢の架け橋

 1936年(昭和11年)、熊本県議会議員(当時)の森慈秀(もり・やすひで、「もりじしゅう」は通称)氏は、県議会で架橋の必要性を提案する。しかし、「夢の架け橋」「大風呂敷」などと笑われてしまう。
 だが、森氏は戦後、天草架橋期成会の発足とともに副会長に就任し、島民25万人による一人一円献金運動を展開、大矢野町長を3期12年務め、国や県に働きかけを行うなどした。



夢はかなう

 その結果、1962年(昭和37年)、ついに五つの橋が同時着工し、1966年(昭和41年)9月24日に天草五橋が開通する。森氏が架橋を提案してから30年が経っていた。それまで離島だった大矢野島・天草上島・下島が陸続きとなったのである。



夢は広がる、そして

 天草五橋は当初、償還期間30年を見込んだ有料道路だったが、天草を訪れる観光客が急増、交通量が増大したため、わずか9年で償還を完了し、無料開放された。架橋の効果(特に経済効果)は計り知れない。
 森氏は開通から7年後に亡くなったが、2号橋の近くの公園に森氏の銅像が建てられている。

 また、天草五橋がきっかけとなり、周りの島々に次々と橋が架かった。

 そして、地域全体が離島である御所浦地区に橋を架ける計画がある。これが実現すれば、湯島を除く熊本県内ほとんどすべての地域が陸続きとなる。

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